朝顔、昆虫ゼリー、かき氷。

息子が一年生なので、小学校で朝顔を育てていて、7月に入ってからそれをうちに持って帰ってきた。
私が小一の時は、一学期の終業式の日にワッセワッセ抱えて帰った記憶があるので息子もワッセワッセ持って帰ってくるんだろうなと思っていたら、このあいだの台風の日に小学校で個人面談があって、その日に親が持って帰るという話だった。
台風が近づいているし、後日取りに来てもらっても良いですよと先生は言ってくれたのだが、後日学校にまた行くのがめんどくさ過ぎて、雨の中を肩と首で傘を押さえてワッセワッセ持って帰ってきた。人生で二度も朝顔をワッセワッセやるとは思っていなかった。ワッセワッセアゲインだった。

朝顔を抱えて歩いているあいだに風も吹いてきて、だんだんと気が滅入ってきたので、今抱えているのが朝顔ではなく、なにか人類の未来を救う可能性のある珍しい植物(病気の特効薬になるとかそういう)の鉢であるという想像をして乗り切ることにした。
「なんとしても博士にこれを届けねば……」とか思いながら歩いていたら、みょうに楽しくなってきた。
お前はその空想癖をなんとかしなさい、と子どもの頃からよく叱られていたが、今となってはなんとかしなくてほんとうに良かったと思う。朝顔の鉢を運ぶみたいなつまらんことを楽しむ時にちょっとは役立つ。

そういうわけで現在うちのベランダには朝顔の鉢があり、最近は咲いたところを見たいがために早起きをするという現象、いわゆる朝顔起きが毎朝のこととなっている。いそがしい。

夜は夜で、夫が森(?)で出会ってうちに連れてきたクワガタたちの世話をしなければならない。いそがしい。
生き物は死んだ時悲しいので、なるべく愛着がわかないような適当な名前(クワバラさん、クワトロさんなど)をつけたのに、昆虫ゼリーをちゅうちゅうしている姿を見るとやっぱり可愛く思えてきて私はもうだめだ。死んだらたぶん泣く。

じゃあ昼は暇なのかというと、昼は買ったばかりの手動のかき氷機のじょうずな使いかたを研究するのにいそがしい。
買って数日は、しゃかりきになってごいごい力をこめてハンドルをまわしていたのだが、それだとガリガリの氷になるのでどうにも美味くないという話になった。
ゆっくりと、軽めの力でハンドルをまわすと淡雪のごときふんわりしたかき氷ができる、ということがだんだんわかってきた。
ゆっくりした歌、たとえば『悲しい酒』とか歌いながらまわせばいいと思う。思うけど、母親が『悲しい酒』を情感たっぷりに歌いあげながらかき氷を拵える姿を息子に見せるのは、教育上ちょっとどうなんだろうか。良いんだろうか。たぶん良くない。