期待にこたえない

「これからも期待しています!」と言われることがよくあって、あと小説の感想として「期待はずれでした」とか言われることもたまにあって、がんばって期待にこたえねば、と以前は思っていたけれども、でもその人たちが期待している方向と私が進みたい方向が同じとは限らないから、むやみにこたえようとしてはいけない、と思うようになった。

でも期待をするのはその人の自由なので、期待するのはやめてくれ、とまでは言わないようにしよう。他人の心は他人のものなので、私は口を出さない。
期待はずれでした、と言われた時には、そうなんだ、でも私はこっちに行きたいんだ、じゃあね元気でね。と笑って手を振って去ろうと思った。

話は大きく変わるけれども最近気がついたら光石研のことを考えている。以前から好きだったとか最近特別好きになってきたというわけではないんだけど、朝に皿を洗いながら過去に見た光石研の出演作の場面をぼんやり思い出したり、夕方に洗濯物をたたみながら光石研は今はなんの撮影をしているんだろう……ドラマだろうか……映画かもしれない……とか思ったり、今「みついしけん」と入力して「三井試験」と変換されただけで「な、なんでだよ!光石の研だぞ!」と憤慨したりしている。
最近の心の大部分を占めている光石研のプロフィール的なものをしかし私は一切知らず、ウィキペディアで確かめれば知ることができるのだろうが、なぜかそうする気にはなれず、私は今夜も「光石研……」とぼんやり思いながら眠りにつくのだった。こんなとりとめのない話を「~のだった」などと終わらせていいんだろうか。私はいいと思う。