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悩みは特にありません。

でも性格は暗いです。

鰆子さん

このあいだ私と同年代、つまり40手前の鰆子さん(仮名)とお話をしていた時に「なんか観てるドラマとかある?」と訊かれて、私はよし来たとばかりに「み、み、観てるよォ~『真田丸』をォ~」と前のめりになって答えたのですが、鰆子(呼び捨て)が即座に「アッこいつのこの目の輝きは真田丸について一時間ぐらい喋るつもりのそれやぞ」みたいな表情をして「ほかには?」と質問を重ねたので、しかたなく「『運命に、似た恋』というドラマの第一回を観ました」と答えました。すると「私も観てるよ」と言って今度は鰆子さんが前のめりになったのです。なんなんだよ。

 

『運命に、似た恋』というのは45歳で離婚歴があって高校生の子どもをひとりで育てている原田知世(かわいい)が斎藤工から壁ドンならぬ車ドンをされたりパーティーに誘われたりベランダからストールをふわっと投げてもらったりするドラマで、私と鰆子さんは「あれはやっぱり『私もこんな素敵な恋をしたいわ。キュンとするわ』と思って観ないといけないのだろうか。思えなかった場合は視聴を断念するしかないのだろうか」ということを真剣に話し合いました。

結果「どう思いながら観ようと自由だ」というめちゃくちゃ普通の結論に達したのですが、新たに「そもそも私たちは『キュンとする』を求めているのか」という疑問が生まれもしました。私と鰆子さんは家事と育児とお勤めで慢性的に疲れています。キュンなどとしている余裕がない。 あとついでに私は小説を書いていて、鰆子さんもあるものを作って売るということをしています。私の小説も鰆子さんの作品制作も好きでやっていることではありますが、それで収入を得ているため、時にはインターネットなどでボロクソに言われることもあります。 だから、泣きたい時も結構あるよね。でも泣く暇正直無いよね。というような話をしました。そんなわけで私たちに取り急ぎ必要なのはキュンではなく「べっぴんさんが台無しやでおじさん」を心に棲ませることであるという結論に達したのでした。よかったね。

 

「べっぴんさんが台無しやでおじさん」というのは、泣きそうな気分の時にどこからともなく現れるおじさんのことです。おじいさんでもかまいません。だいたい首に「タナカ酒店」みたいな文字の記してある白いタオルを引っかけてブラブラと歩いてくる。靴下を履いていないがそれは石田純一的なスタイルという意味ではなくて、下駄やつっかけサンダルを愛用しているという意味です。この場合クロックスは駄目。ブラブラと歩いてきて、泣きそうな私たちを見て「おっ」という顔をする。どないしたんやみたいなことも言う。そして「べっぴんさんが台無しやで」と笑ってポケットティッシュ(四隅がくしゃってなってる)を差し出して去る。それだけ。40手前の私たちを一瞬小娘に戻す、適当さと鷹揚さの絶妙なバランス。容姿をほめられる機会が極端に少ない小娘時代を過ごしてきた私たちの心を震わす「べっぴんさん」という魔法のフレーズ。これはもう絶対に涙が止まるよね、と鰆子さんと私は確信に満ちた様子で頷き合い、その場は解散となりました。

 

でもその後LINEで鰆子さんが「心の中に棲む『べっぴんさんが台無しやでおじさん』、寺地なら誰にやってもらいたい? 私は断然佐々木蔵之介!」と言ってきたので、鰆子さんあんたやっぱりほんとうはキュンとしたいのでは……? と思いました。