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1位はビエネッタというアイスをいっぱい食べること

私は3人きょうだいの末っ子(兄・姉・寺地)で、むかしっから弟という存在に憧れていたということは以前にも書いたと思いますが、過去の記事のリンクをどうこうするようなことはめんどうなのでしません。

どれぐらい憧れていたのかというと、私の子ども時代の憧れをランキング形式で発表するとしたら第3位にランクインするぐらいのものです。かなりでしょ。ちなみに第2位は「チョコボールのふたを開けたら金のエンゼルがピカッとついているという僥倖」です。

 

余談(ちなみにエンゼルへの憧れは、先々月ぐらいに夫の母が私の息子に買ってくれた「大人に贅沢チョコボール」にプラチナのエンゼルというものがついていて、私が引き当てたわけじゃないけどなんとなく果たされました。あと関係ないけど「大人の」と銘打ったお菓子を食べると私はたいてい「いつものでじゅうぶん」と思うし、そのままの君でいいんだよキープユアスマイルと歌いたくなるのですが、それは私の味覚がまだ大人ではないからなんでしょうか。もう四十路がすぐそこまできているのに味覚だけはフレッシュなままなんでしょうか。舌がリクルートスーツを着ているんでしょうか)以上余談おわり

 

そんなわけで弟のいる生活に対してはクリスマス以外の日にもシャンメリーを飲める生活(第4位)に対するそれよりも鮮烈な憧憬を抱いたまま中年になった私ですけれども、このあいだやっと『小野寺の弟・小野寺の姉』という映画をレンタルで観ました。突然「やっと(中略)観ました」とか言われても知らんがな、お前の映画観賞の機会の訪れがやっとかたまたまかひょんなことからかなんてどうでもええがなとお思いでしょうが、ほんとうに「やっと」だったんです。

その映画の存在を知った時からずっと気になっていたのに、それなのに私が近所のレンタルDVDの店に行った時はいつもいつもレンタル中だったわけです。あまりにレンがタル中だから、店員の誰かがこっそり隠してるんじゃないかとまで思っていたんです。あれだろ、おめえさんも弟のいる暮らしに憧れてるクチで、その小野寺の弟があんまり良かったもんで手放し難く候ってなわけでいつも懐に抱いてんだろその小野寺の弟をよう、観せろよう、私にもよう、その小野寺の弟をよう、という感情で頬袋をぱんぱんにして店員を睨めつけていたんです。このことを友人に相談してみたりもしたのですが「知らねえよ、Hulu導入しろよ」とか言ってこっちが一瞬黙ったとたんHuluの便利さについて滔々と語り出す始末だし、だいたいその友人は弟がふたりいるので「いや弟なんてそんないいもんじゃないんだって~生意気なことばっかり言うし~」とか余裕綽々の態度だし、そのくせ肝心の「生意気なこと」の詳細は教えてくれないのです。教えろよ! 私にもその生意気盛りの匂いだけでいいから嗅がせておくれよ!

 

でも先週やっとレンタル中じゃなくなっていて興奮のあまりヒッヒッフーと呼吸しながら(ラマーズ法)借りて帰りました。何も産まれませんでしたが小野寺の姉は片桐はいりさんで弟は向井理さんでした。弟も良かったが姉も良かった。お話も甘過ぎないところが良かった。もっと丁寧に感想を書いたほうがちゃんとしたブログみたいになると思うんですけど、じつは余談のところで気力の大半を使ってしまったからもうこれ以上何も書けやしねえのさ。