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ポフ

このあいだ知人のアスパラさん(愛称)と喋っていた時に職歴の話になりまして、私が以前に働いていた職場について「小さな事業所で、上司から毎日のように『お前はバカだ、無能だ、どうせすぐ辞めるんだろうから大事な仕事は任せられない』という趣旨のことを言われ続けて、それがしんどかった」と説明すると知人は「えっ、その時のテラッチには『悔しさをバネに頑張る』って気持ちはなかったわけ?」と訊かれ、私はなんじゃそらそらと思ったのでした。

私の中で悔しさをバネに頑張るというのは「私こと寺子は演劇部所属、今度の文化祭の劇で『鹿鳴館』をやることになって、朝子役のオーディションに挑んだんだけど、選ばれたのはなんと親友のユリエ。悔しい……眠れない……でも……落ち込んでる暇なんてない!」みたいな、そういうシチュエーションで発揮するもんだと思ってたんですけど違いますか?違う?違う違うそうじゃそうじゃなーい?鈴木雅之

悔しさをバネに頑張ることは、少なくとも他人が強要するもんじゃないよな、と思うのです。だってそんな会社でそんな状況でなおその悔しさをバネに頑張ることが当然、となると暴言吐くことを肯定することにならないですか。

「あいつのためを思って言ったんだよ~これでへこたれるなんて根性ねえよ~」って鼻の穴がパカッと開くタイプの言い訳が成立してしまうし、そしたらたぶん暴言パラダイスになるから。暴パラだから。暴パラ一直線だから。
いややっぱ暴パラっていう略しかたは良くないわ。暴言パラグアイと間違える人が出てくるもん。パラグアイの人に悪いわ。暴言パラダイにするか。スぐらい言おうぜおい。

私は件の職場に七年半勤めて、結婚および転居を理由に退職したわけですけれども、そのうちの六年間ずっと毎日今日も頑張ろう頑張ろう頑張れ私って自分に言い聞かせながら朝から車の中で『燃えよドラゴン』のサントラを大音量で聴いて気分を高めてホワッチャーの勢いで職場のドアを押し開けていただけなんです。ブルース・リーのおかげで頑張れたんです。悔しバネのおかげじゃない。

辞めずに頑張ったおかげで今の私があるとか、そんなこと微塵も思ってなくて、なんであんなに我慢してたんだろうはやく辞めれば良かったぜと思ってます。

それに「悔しさをバネに頑張る」となると、頑張ってる最中ずっと私の心の中にその暴言吐太郎がいることになりそうで、それも嫌だな。私の心の中に鎮座ましましてるわけでしょ。ヤダーン。ふと見れば吐太郎、振り向けば吐太郎で気の休まる暇がまったくない~。皆無ゥ~。

私の心に常駐してほしいのは私の好きな人だけなんだよ。北村有起哉とかさ。バカって言われたいのもそういう相手だけなんだよ。歩いてる時に私が「私、北村さんのこと好きですよ」って言ったら「なっ……!バカ!!」ってものすごい勢いで赤くなりながら言ってほしいんだよ。そのあと視線を逸らしながら「本当にバカだな、君は……」とか言って、私の頭にポフ、て手を置いてほしいんだよ。ポフ、てな。

北村有起哉の話してたらめちゃくちゃ楽しくなってきたので、今この段階で悔しさをバネに云々はもうどうでも良くなってきてるんですけど、要するにね、私は、私の目的を果たすためとか、私が楽しくなるためにとか、とにかく私のためにしか頑張らないです。これからもね。ポフ。