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どんとぐりでサンドイッチ

息子が公園でどんぐりを拾ってきた。100個ぐらい拾ってきた。以来、私の生活のありとあらゆる場面(シーン)に、どんぐりが入りこんでくる。

たとえば私は部屋着として母からもらったパーカーを着用しているのだが、ちなみにもう五年ぐらい着ているので袖がボロボロになっているし背中のところに息子から油性マジックで「つ」と書かれているパーカーなのだが、仕事から帰ってきてそのパーカーに着替えようとすると、なんかもう必ずフードの部分にどんぐりが3個入っている。「つ」はたぶんツベルクリン反応検査の「つ」だと思う。それを母の背中に書く意図は知らん。
スリッパを履こうとしたらやっぱり3個入っている。あのとんがってるほうが爪先に当たるように入っていた。オオゥ? オホオゥ? みたいな声を上げて飛びのく私を嘲笑うかのように、奥のほうからもう1個どんぐりが転がり出てきた。計4個。

夜も更けてサァ寝ようと布団をめくったら10個ぐらいは入っている。息子に訊いたら「ぼく知らないよォ~?」とニヤニヤしながら言う。知らないと言うのだからほんとうに知らないのだろう。
つまりどんぐりは、自らの意思で、フードやスリッパや布団に入ってきている。そういうことになる。

どんぐり共は常に複数で行動する。最近ますます大胆になってきて、昨日コートのポケットにぎょむぎょむに入っていた。本来ならばコートを着用する前に確認するべきだったが、急いでいたので気づかずにその上から小銭入れをつっこんでコクミン(薬局の名前)に行ってしまった。

なんでそんなに急いでいたのかというと、トイレに入ろうと思ったらトイレットペーパーの残量が10センチぐらいしかなかったからで、買い置きもないし、あらやだーと思っているあいだにもどんどん尿意が増してくるし、迫り来る尿意との戦いだし、だから急いで小銭入れだけ持ってコクミン(薬局の名前)に走っていったのだが、それはどんぐりと関係ない話なのでここで終わる。
なんだか私はこのブログでよく尿意の話をしている気がするけれども、別に尿意が趣味というわけではないので誤解しないで欲しい。尿意が趣味てなんだよ。

そういうわけで私はコートのポケットの小銭入れの下にどんぐりがぎょむぎょむになっていることも知らずにトイレットペーパーを買いに行ったのだが、レジのところで小銭入れを取り出す際に盛大にどんのぐりをぶちまけた。後ろに並んでいた親子連れが拾ってくれた。
ごめん。ポケットから落ちたのは実際は5個ほどだったから「盛大にぶちまけた」は大袈裟過ぎると思う。ごめん。盛り上げようとしてつい。でも親子連れの子ども(女児)のほうに「1個いる?」と訊いたら「いらない」と即答されたのはほんとうのことだよ。せつなかった。愛しさとせつなさと心強さとから愛しさと心強さを削除したような状態で、つまるところせつな過ぎた。

それにしてもどうして私は、こんなにどんぐりに翻弄されなければならないのだろう。おととし息子と一緒に『仮面ライダー鎧武』というのを見ていたときに仮面ライダーグリドンというのが出てきた。ちょう簡潔に説明するとそいつはどんぐりの仮面ライダーで、他の仮面ライダーの人は刀とか槍とか持っているのにグリドンは使用している武器が「ドンカチ」という、どう好意的に見てもただのトンカチという代物だった。私はいつもそのことを散々バカにしてテレビの前で「ナイスドンカチ!」とか笑っていたから、今頃になってどんぐり界から復讐されているのかもしれない。どんぐり界のドンから。なんだよ駄洒落かよくだらねえ。

そういうわけで日々どんぐりに翻弄されている私は、もういつ何どきコンタクトレンズと間違えてどんぐりを目に入れてもおかしくないし、そのうち「どん寺地ぐりはるな」みたいに、大切な名字の部分をどんとぐりでサンドイッチしてしまうかもしれないし、どんぐりを肩に乗せて街を練り歩いて他人と目が合うや否や「へへッそんなに気になるかい?俺は寺地テラオ。こっちはどんぐりのグリオ。片時も離れたことがねえ俺の親友サ!」とか言って親指を立ててウィンクして誰も聞いてない自己紹介はじめるのも時間の問題だと思う。どんぐりのせいで性別も性格も変わってしまった私はこれからいったいどうなるのか。次号に続く。(続かない)