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標準仕様

私がブログをはじめたのはたしか2014年のことで、小説を書きはじめたのは2012年のことだった。なんで35歳過ぎて唐突に小説なんか書きはじめたんですか、というようなことを他人によく訊かれる。

最初はいつも「公募の賞の賞金目当てで」と答えていた。どうしても書いてみたくなって、と言うよりそのほうがカッコ良いことのような気がしたので。
でも何回か答えているうちに、いや違うでしょ、と私の頭の中に住んでいる松田龍平が笑うようになった。全然違うでしょ、と煙草のけむりを吐き出しながら半笑いで言われたら謝るしかない。

私の頭の中に住んでいる松田龍平は私が嘘をつくとフッと笑うシステムになっている。あくまで私の頭のシステムであるので実際の松田龍平がそんな喋りかたをするかどうかも喫煙者であるかどうかも全然知らん。

龍平にフッと笑われるのはいやなので、以後は正直に答えている。小説を書きはじめたのはさびしかったからです、と。

前述の話からもわかるように、私はわりと本音を隠したがる。隠しとくほうが物事がスムーズにいくと思って隠す場合もあるし、あるいは単に気恥ずかしいだけの場合もある。言葉を選別しているうちに、本音がどれだかわからなくなる場合も。

『ビオレタ』が出る時に取材で「受賞した時はどんな気持ちでしたか?」とよく訊かれた。
受賞の知らせを受けた瞬間は当然いろんな気持ちが交錯して笑ったり泣いたり、あとなぜか大昔のいやなことを思い出したり、でも嬉しいというよりとにかくホッとして顔面がグヌグヌになったのだけれども、それらを全部言うと長くなるので「嬉しかったですよ、ギヒヒ」とか無難に答えるにとどめていた。

でもあるインタビューを受けている時に「受賞した時は嬉しいというよりホッとした」とか訊かれてもいないのに普通に喋ってしまったことがあって、なんか自分でもびっくりした。
そんなことはそれまで家族にも言わなかったのに、なんで言えたんだろうなあ、相手が話しやすいひとだったからかなあと今も不思議に思っているけれども、それは「小説を書きはじめたのはさびしかったから」という話には関係ないので、ここで終わる。

2012年の私は、とにかくさびしかった。息子はまだ1歳で会話もままならないし、夫も忙しそうだし、実家は遠いし、友だちも遠いし、気晴らしに通いはじめたベビースイミングでは講師から「いい加減ここで友だちを作りなさいよ!」と叱責されるし(でもできないし)、料理教室みたいなとこで知り合った人がめっちゃ鍋すすめてきて「え?なにウェイ?」って訊いたらその後着信拒否されるしで、とにかく日常的に言葉を発する機会がほとんど無く、次第に自分の中に言葉が蓄積されていって、身体を折り曲げた拍子に口からボロボロこぼれそうで、だからなんでもいいからなにか、と思ってノートパソコン相手に言葉を吐き出しはじめて、それがだんだん物語になっていたのだった。

というとさびしい人が小説を書くと救われるみたいに思うかもしれないけど実際そんなことはなかった。結果的に、私はもっとさびしくなった。小説でなくても私的な文章を書くという行為は心の中の穴みたいのを覗きこむ行為に似てると私は思う。
私の心の穴には、それはもう汚くて臭い感じのドロドロ(風呂釜ジャバのCMでごぼって出てくるようなやつ)がたくさんつまっていたので、それを見るのはすごくさびしい気持ちだったわよ。あたしはこんなに汚なかったのかって。口調が変になるぐらいよ。

書くことは、とてもさびしい行為だった。でもやめられなかった。やめたくなかった。だから今も続けている。でも、書いているうちにさびしいのは特別に不幸な状態ではなくて、人間の標準仕様なのだと思えたから、私はもうさびしいことが別にいやでなくなった。だからよかった。

今日はブログを書くようになってよかったなと思うことを書こうと思っていたのだけれども前置きが長くなったのでまた次にしようと思う。ちなみにこの文章にも眉毛は無い。