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おずぼーん。

息子と散歩している時によく会うお爺がいます。外見は里芋に似ていて、自分のことを自分でお爺と呼ぶ。発音は「おじィン」という感じ。以下おじィン・オズボーンね。
おじィン・オズボーンは会うたび「おじィン、子ども大好きや~」とか言って息子の頭を「かわいいな~」とひと撫でするのですが、この前私ひとりの時に駅でおじィン・オズボーンとすれ違ったので挨拶したら「誰?」みたいな顔をされました。
おじィン・オズボーンは毎度子ども(おもち)に注目し過ぎて、子どもの付属物(寺地)を全く見ていなかったのだった。うん、それだけです。おじィン・オズボーンの話は以上です。オチとかねえから。

私は本当はおじィン・オズボーンの話じゃなくてあらすじの話をしたかったんだ。

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そう、こういう、文庫本の最後についてるやつね。他の本の紹介で短いあらすじが載ってるやろ、寺地ィンはあれが大好きなんや~。今ちょっとおじィン・オズボーンが憑依した態で書いてみました。フゥ~!オカルトチックゥ~!

私は小学校高学年ぐらいから自分のお小遣いで本を買いはじめたんですけど、田舎に住んでいたので一番近い本屋さんでも歩いて30分ぐらいかかる場所にあって、しかも店舗の半分は靴を売っているようなよくわからない店だったんですけど、まあとにかくそこに毎週日曜日に通っていました。
通ってはいるんですけどお小遣いもそんなにたくさんもらってるわけじゃないから買える本が限られていて(置いてある本も限られていた)だから当然買った本は何回も何回も何回も読むわけです。
でもそれにもやがて飽きるので、この数行のあらすじを読んでひたすら内容を想像するという遊びを繰り返していたのです、ひとりで……。だって友だちがいなかったから、その頃は……。その頃の寺地ィン・オズボーンには……。
かなしいことを思い出した拍子にうっかりまたおじィン・オズボーンに憑依されてしまいました。フゥ(以下同文)
私はあまり成長しない人間なので中年になった今でもあらすじから内容を想像する遊びをよくやるのですが、でも今はちゃんと自分のお金で買って読んで想像した内容との違いを確かめられるので、大人になって本当に良かったなと思うのです。
あーもしも今ここにタイムマシィン・オズボーンがあったら、小学生ィン・オズボーンの寺地ィン・オズボーンに「大人ィン・オズボーンになるといいことあるから、今はがんばれィン・オズボーンッ!」って言いにいってやるのになァ!残念ィン・オズボーン!