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夢とか蝶とか、とりとめなく

突然ですが私は小市慢太郎という俳優のひとがすごく好きで、どれぐらい好きかというとそのひと目当てにテレビを見ているのにいざ出てくると「あわわ~」みたいになって、どうしていいのかわからなくなって画面を正視できないような、そういう気持ち悪いほどの照れ屋っぷりを遺憾なく発揮してしまうぐらいなんですけど、とにかく昨日そのひとの夢を見ましてモーレツ嬉しかったですという話をしますからちょっと読んでいきなさい。

夢の話というのはたいがい話している人だけが楽しくて、聞いて(読んで)いる人は全然おもしろくないものなんですけれども読んでいきなさい。だって私はどうしてもこの夢の話がしたいんだから。

私が小市慢太郎の部下という設定の夢で、仕事の予定がああだこうだと話した後に私が「大変ですね」みたいなことを言うと、小市慢太郎が「いや、大丈夫だとおもうよ、君もいるし」って、なんかこう、ネクタイをこう、ネクタイをこうキュッキュッてしながら言うという、ただそれだけの夢なんですけど、夢の中の私は「えーっ『君もいるし』ってー! キャー! ウキャー!」って舞い上がった挙句もう死んでもいいというようなことを考えていて、起きた瞬間いや絶対だめだろ夢の中の私バカ過ぎるだろって思いました。そんなことで死ぬな。うん、これでこの話はおわりです。オチとかは特にない。全ての話にオチが用意されていると思わないでほしい。

 

 

オチがないついでにこの間短編小説の集い「のべらっくす」

に参加させてもらって楽しかったでおじゃるという話をしますから、お暇なあなたは続けて読んでいきなさい。

第0回のときも参加して、その次も是非、と思っていたのになんだかその後いろいろあってヤッサモッサしてるうちにタイミングを逃し続けていたのですが、今回は間に合ってよかった。猫の出てくる物語といえば、と考えた時にいちばんに『猫と庄造と二人のおんな』が浮かんで、あんな風に猫を相手にした時の人間の滑稽さみたいなのを描けたら良いなあと、あっごめんなさい良いニャーと思いながら書きました。おかしいとかなしいは、とてもよく似ています。

猫と庄造と二人のおんな (新潮文庫)

私はどうして物語を書きたいんやろう、とこれまでずっと考えていたんですけどわからなくて、ただやっぱり誰のためかと問われたら、自分のためだと答えます。現在の自分ではなくて、過去の自分です。子どもの頃ぜんぜん学校に馴染めなくて、毎日のように泣かされて帰ってきて、でも泣いたことが親にばれると「情けない」って怒られるので、目の赤みがひくまでピアノの裏に隠れていた頃の自分です。壁とピアノ(アップライトの)のあいだに60センチぐらいの隙間があったので、入り口に大きめの段ボール箱を置くとかっこうの隠れ場所になったのですね。

ピアノの裏は決して広くはないので、そこでできることは限られていて、だからいつも図書室で借りた本を読んでいました。その頃の私は、大人になっても自分の身に素敵なことなんか、なにひとつ起こらないのだろう、と思っていました。

さっき過去の自分、と書きましたが、私はなんとなくあのピアノの裏に隠れている子どもが今もどこかにいるような気がしていて、だからあの子どもに伝えたいのだと思います。いつかはそこから出てこなくてはならないんだよ、ということを。あの子どもが架空の世界に逃げこむためではなく、胸に携えて生きていくための物語を書きたくて、いつも必死で言葉を探しているのだと思います。

今日は本当は、伊丹市昆虫館に行ってマダガスカルゴキブリを見てびっくりした拍子に腰がグキッてなってモーレツ痛かった話も書こうと思っていたのですが長くなるのでまた今度にしましょう。温室で見た蝶の画像だけでも貼っておきす。ではペパロニ!(バイバイという意味の挨拶語)

 

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