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咲いている

アヒージョ!(挨拶)ねえどう最近?手裏剣投げてる?私は息子のおもちくんが最近はじまった『手裏剣戦隊ニンニンジャー』に完全にはまってしまったので、はまってはまって浜村淳なので、折り紙で手裏剣ばっかり作らされてます。寺地手裏剣工場、TSFです。あ、テラチシュリケンファクトリーね。はまってはまって浜村淳なので(二回目)最近は「もち忍」と呼ばないと返事をしません。ニンニン。

あとちょうひさしぶりに「のべらっくす」に参加さしてもらおうと思ってピコピコ書きました。

 


【第5回】短編小説の集いのお知らせと募集要項 - 短編小説の集い「のべらっくす」

 

以下になります。寺地さんのブログを読んでも寺地さんがどんな小説を書くのかまったく想像がつきません、というご意見を多数(2件)いただいておりまして、そういった方にもだいたいこんな感じの文章ですよ的な、スーパーマーケットの試食販売的な、爪楊枝にさしたウインナー感覚で読んでいただけたらと思って書きました。気に入ったら本を買ってください。そのうち出ます。

 待ってよ待って逃げないで待てよ逃げんじゃねえよと叫びながら、ウキコは竹輪をくわえた猫を追いかけている。すこし前まで雨が降っていたらしく、道路が濡れている。足がもつれてうまく進めない。ベビーカーを押す若い母親、高校生の一団、自転車に乗っているおじさんだかおばさんだかよくわからない人、などが必死の形相で猫を追う自分を怪訝そうに見ているのを感じて、ウキコはいまいましい気持ちになった。全部猫のせいだ。それから、木崎のせいだ。

猫は走っているわけではない。「とことこ」という音をあてたくなるほどの、牧歌的な、と言ってもいいほどの足取りで進んでいく。それなのになかなかウキコは猫との距離を縮めることができない。息が切れる。コンビニの弁当ばかり食べているから栄養が偏って体力が落ちているのではなかろうかと思う。まだ二十五歳なのに。
角を曲がると西陽が射していて、まぶしくて目を瞑りそうになる。猫を見失わないように、意地になって目を大きく見開いた。

二年前から住んでいるアパートは三階建てで、不動産屋は防犯上の理由から女の子には三階の部屋をおすすめすると言ったけれども、ウキコは迷わず一〇一号室を選んだ。一坪ほどの小さな庭がついていたから。かわいらしい寄せ植えの鉢を置いたり、ハーブを育てたりするのだ、と張り切っていたものの仕事の忙しさを理由にまた今度、また今度と後回しにしているうちに今日まで放置してしまっている。
その庭が近所の野良猫の通り道になっていることは知っていた。このあたりは野良猫が多いから、特に気に留めたことはなかった。つい先週までは。先週の土曜日に、あの猫を見るまでは。
平日の睡眠不足を取り戻そうとするかのように、週末のウキコの眠りは長くて深い。午前中のうちに起きることは、まずない。就職して二年目、残業時間は一年目より増えた。「てきぱきしているし、しっかり者だから」とおだてられて、何かと便利に使われている感もある。それでも、悪い気はしない。離れて暮らす親からの電話に「忙しくて」と答えるたびに、謎の高揚感も味わえる。
先週の土曜日に、いつものように昼過ぎに目覚めてカーテンを開けたら庭を黒い猫が横切っていくのが見えた。手足が短くて、頭が横に広くて黒いその猫は、もしかしたら木崎が可愛がっていたあの「牛乳」という名前の猫かもしれず、だからウキコは必死で、あの猫を追いかけている。スニーカーの踵を踏んで、パジャマがわりのスウェットのまま。

もしあれが木崎の可愛がっていた牛乳ならば、電話をする口実ができる。
木崎はウキコの恋人のようなものだった。けれども半年前から会っていない。「なんかいろいろ疲れました」という理由で仕事を辞め、住んでいたマンションの部屋を引き払って、この街から五百キロ以上離れた山奥の故郷に帰ってしまったのだった。
牛乳は野良猫で、マンションの玄関脇の植え込みでいつも自分を待っているのだと木崎は嬉しそうに話していた。木崎はわざわざ牛乳にキャットフードを買い与えていたのだった。
全身真っ黒な猫だったが、口もとにぽつぽつと白い毛の生えた箇所があって、それが牛乳をこぼしたように見えるという理由で木崎はその名をつけたらしく、たとえばそれは「ミルク」などでもよかったはずなのにあえて「牛乳」とするような、あまつさえ時折「牛乳さん」と猫をさん付けで呼んでしまうようなところが可愛いと、ウキコは思っていた。

牛乳はほぼ毎日木崎のところにごはんを貰いに来ていたのに、木崎が故郷に帰ることを決めた少し前からふっつり姿を見せなくなったと、木崎は部屋を引き払う前日までずっと野良猫のことばかり気にしていた。三年もつきあっていたウキコとの今後に関しては、ノーコメントを貫くつもりらしかった。木崎の部屋に通いやすいように、就職した会社からは遠い木崎の住む街にわざわざ越してきたウキコに対して、別れようとか、もしくは遠距離恋愛になるけど大丈夫かとか、あるいは俺についてこいとか、一言ぐらいあるはずだろうに何も言ってはもらえなかった。ウキコも問わなかった。問えばこちらの負けだという気がした。
遠く離れてからも、木崎は時折メールを送ってくれる。でもそこにも「こちらは雨です。ウキコの嫌いなかたつむりがいました」とか「風が強いです。洗濯物が飛ばされました」とか主に天候のことしか書かれておらず、ウキコはそれを誤魔化されている、と感じる。自分たちの関係、および今後の展望をはっきりさせずにうやむやにされている。うやむやにする木崎に、ウキコは一度もメールの返信をしていない。
 逃げんじゃねえよ、は、だから本当は、猫にではなく木崎に対して言いたかったことなのだった。

猫はとことこと、コンビニの駐車場を横断する。パン屋の脇を通り過ぎる。マンションの駐車場にずらりと並べられた水入りのペットボトルを横目に、ビルとビルの隙間へ入っていく。ウキコも身体を横向きにして、その狭い隙間を進んだ。蟹のようにして歩いていては絶対に間に合わないから、マイムマイムの要領で足を運ぶ。ビルとビルの隙間でマイムマイムのような動きをしている自分がとてつもなく滑稽に感じられて、ウキコはあらためて猫と木崎を恨む。
 逃げんじゃねえよ、とまた思う。庭に竹輪を置いたのは、猫の口もとに白い毛が生えているかを確かめるためだった。猫が竹輪を貪っているあいだに目視する算段で、窓辺に双眼鏡まで準備していたのだ。それなのに猫は、竹輪をくわえてさっさと行ってしまった。だから慌てて、部屋を出てきた。鍵をかけてきたかどうかも、定かではない。
 猫め。普段は寝てばかりいるくせにこんな時だけ、すばしっこい。

 木崎はウキコが学生時分に通っていた市立図書館のひと、だった。重たそうな縁の太い眼鏡をかけていて、いつも後頭部に寝ぐせがついていた。後からウキコよりひとまわり年上だと知って驚いた。若く見える、というよりはぼんやりしているうちにうっかり年をとるのを忘れてしまっていました、というような頼りない風情だった。
 カウンターに座っていた木崎は、ウキコが本と共に差し出した利用者カードを見るなり「有希子と書いてユキコじゃなくてウキコさんですか。珍しいですね、へえ、いい名前だなあ」と普段はゆっくりもったりした口調で話すくせにその時だけなぜか頓狂な声を出し、周囲にいた人が一斉に振り向いた。なんだこの人、と思ったものの結局それが木崎と親しく言葉を交わすようになったきっかけとなった。
 木崎はたくさん本を読んでいて、いろいろなことを知っていて、ウキコにいろいろなことを教えてくれたけれども、肝心の木崎自身のことや本当の気もちは少しも教えてくれなかった。ウキコはいつだって木崎の考えていることがよくわからなかった。
故郷に帰る理由として「なんかいろいろ疲れました」と木崎は言ったが、一緒にいた三年のあいだ一度だって「なんかいろいろ」の詳細をウキコに話してくれたことはない。
話してもらえなかった、というさびしさがウキコにはある。だから、特別な理由無しに木崎に電話をすることはできない。それこそ猫を見つけたというような理由無しには。元気ですかとか、会いたいとか、あなたがいなくてさびしいとか、そんな電話は絶対にかけられない。

路地の出口に落ちていたスナック菓子の袋に足をとられて、転びかけた。慌てて体勢を立て直して、通りに飛び出す。そして、ああ、と絶望のあまり大きな溜息をついた。
猫を見失った。

猫を追って随分遠くまで来たように思ったのに、目の前にはウキコのアパートから百メートル程しか離れていないはずの、小さな神社があった。
乱れた髪を撫でつけながら、とぼとぼと神社に入っていく。この神社に、木崎と散歩の途中で立ち寄ったことが幾度もあった。十円玉を賽銭箱に投げ入れて、木崎がいつも何をお願いしていたのか、やっぱりウキコは知らない。
十坪ほどの敷地に鳥居、本殿、狛犬、などが行儀よくきちんとおさまっている箱庭のような風景が今日は何やら妙に嬉しそうだと思ったら、梅が咲いているのだった。ちょうど両側の狛犬のそれぞれ後ろに、白くてちいさな花がいくつも開いている。

「梅の花は、なんだか『希望』っていう感じがしませんか」
 木崎が散歩の途中で、唐突にそう言ったことがある。真意はよくわからなかった。寒くてつらくてきびしい冬のあいだに蕾をつけて花を咲かせるから、と言いたかったのだろうか。
え、なに、と首を傾げると木崎は「生きていればいろいろある」と答えになっていないことを言い、ウキコはもうそれ以上は訊かなかった。
 訊けばよかった。ちゃんと訊けばよかったのだ、わからないなら、訊くしかなかったのに。今頃になって気がつく。木崎はきっと、言わなかったのではなく言えなかったのだ。自分のことで精一杯の私には、と梅の香りを吸いこみながら、泣きそうになりながら、ウキコは思う。
恋人が寒くてつらくてきびしいところで生きていることにも全然気がつかなくて、猫一匹つかまえられないぐらいにどんくさい人間なんだ、私は。とも思う。

 みー、という声が、どこかでする。みー。みー。声を頼りに、本殿の裏にまわる。ウキコはまた、ああ、と大きな溜息をついた。今度は、安堵の。
 猫は二匹いた。先程の黒い猫の脇で、茶色い痩せた猫が竹輪を前足で押さえて食べている。ひたむきに食べている。親子なのか、仲間なのかはわからない。黒い猫はみーみーと鳴き続けた。茶色い猫を心配しているようであり、旺盛な食欲を喜んでいるようでもある。ウキコの立っている位置からは、黒い猫の口もとは確認できない。でもウキコは、それ以上猫たちに近づこうとはしなかった。邪魔してはいけない、と思ったのだった。

 生きていればいろいろある。猫にも自分にも木崎にも。
 足音をたてないようにそうっとその場を離れて、アパートに戻った。昨夜帰ってきた後に床に脱ぎ捨ててそのままになっていたスーツと、片づけずに置きっぱなしにしていたマグカップがまず目に入る。あらためて見ると、自分の部屋なのに呆れてしまうぐらい汚かった。
 掃除をしよう。それからスーパーに行って野菜や魚を買って、今日の夜はちゃんとしたごはんを食べよう。でもその前に、やることがある。ウキコは携帯電話を手に取り、メールの画面を開いた。

 黒い猫を見かけたので、牛乳かどうか確かめようと思ったのですが、無理でした。
 神社に行ったら、梅がたくさん咲いていました。

梅が、を消して希望が、と打つ。希望がたくさん咲いていました。

木崎さんに会いたいです。

ずいぶん迷ってから、その一行を付け足した。これまたずいぶん迷ってから、送信ボタンを押す。それからウキコは携帯電話を両手に挟んだまま、しばらくその場にしゃがんでじっとしていた。
やがて手の中で携帯電話が震えだした。ウキコの身体も小さく震えだす。画面に表示された木崎の名を、笑いたいような、泣きたいような気分で見つめている。