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そういうこともあるよね。

まあそういうこともあるよね、という言葉を私はよく使います。待ち合わせの相手が二時間ぐらい来ない(し携帯も繋がらない)時とか、おもちくん(息子)が床にいりごまをぶちまけた時などに「生きてたらまあそういうこともあるよね」と声に出して言います。
これはつまり「動揺するほどのことじゃないよ」と自分自身に言い聞かせたいのであって、ハプニングを真正面から受けとめずに受け流したいのだと思います。いりごまをぶちまけられたら掃除機をかければいいし、今度から絶対手の届かないところに置くとか具体的な対処するしかないのであって、もう既に起こってしまったハプニングに苛ついたり落ち込んだりする必要は無いんだよ、わかるかいテラミンたち、と言い聞かせたいのです。ちなみにテラミンというのは私の脳細胞の総称です。

だいたいいつもそんな感じで生きてるんですけど、たまに「いや無いでしょ」って思う時があって、それはまさしく今朝の話なんですけど、マンションの駐輪場にとめてた自転車のサドルにウンコが乗ってたんです。
大きさからしてたぶん猫だと思うんですけど猫ってこんな場所でします? かける砂も無いのに?って思うし、あれ、でもこれ本当にウンコなのかな?かりんとうかもしれない、ご近所さんからのおすそわけとか、などとも思いました。なんだかりんとうかー、そんならちょっと呼ばれよかしらん。いや違う。やっぱりウンコだ。まごうことなきウンコだ。
そんならアレかな。ちょっと自転車借りるよ、的なやつかな。えっどうしたんですかウンコさん珍しい、いやちょっとね秋の風が気持ち良いからサイクリングをばね、的なやつかな。いや違う。絶対違う。ウンコはサイクリングなどしない。断じて。
まあだいたいこんなことを数十秒の間に考えたすえ「まあ自転車乗ってたらこういうこともあるよねー」って息子に向かって言いましたけど、完全に私の声は震えてました。まだまだ修業がたらんですね。修業タランティーノです。日本大好き。

唯一の救いは先月から「自転車だってかわいくネ☆」という妙な色気を出してサドルにかわいらしい水玉模様のカバーをつけておったことで、とりあえず一旦家に割り箸とビニール袋を取りにいき、サドルの上のブツを除去したのちカバーと一緒に捨てました。そのあと若干尻を浮かし気味にして保育園まで送っていったというまあそれだけの話なんですけど、この話には「そういうこともあるよねで流せない時もある」「サドルにカバーをつけておくと尻を守れる」「ウンコはサイクリングをしない」など、本当に沢山の教訓がつまっております。だからあなたたち今日コレを読めてよかったですね、と私は言いたい。そういうことです。