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教えてよ鯉山田

朝6時にアラームをセットしてるのに5時30分に目が覚めました。この30分をいかに過ごすか。起き出して台所に立ちいつもより手のこんだお弁当を夫のためにつくる、あるいはフランス語のレッスンの予習をする、あるいはベランダで育てているミントを摘む、とか色々あると思うんですけどそのいずれも私はやりません。やるわけないだろうが。なんですかミントて。育ててねえよ。

そんなわけでやっぱり6時まで寝ようとする。でももうフランス語のくだりで完全に目が覚めてるから眠れない。全然関係無いんですけど昔夜中に目が覚めて居間のテレビつけたら『ねむれナイト コルポグロッソ』?とかいう外国(たぶんイタリア)のクイズ番組が放送されてて、ボーッと見てたら出演者がいきなりストリップみたいに服を脱ぎ出して、アララなんじゃなんじゃこれはーと思いながらも見てたら、テレビの音で目覚めたらしい母に「アンタなんちゅうテレビば見よるとねーッ!!いやらしかーッ!!!」って背後から絶叫されたことがありました。恥ずかしかった。でも今この話は全然関係無い。

そういうわけで眠れませんから、布団の中でじっとしてます。片頬にはおもちくん(3歳・息子)の足がめりこんでいる。こんな時にできることと言ったら空想しかない。空想。だいたい最近の私は食パンの袋をとめる例のあれのことを考えてます。四角いあれのことを考えてます。
正確に言うと食パンの袋をとめる例のあれから派生してパン工場につとめている鯉山田マサヒロについて考えてます。
ええそうです、もちろん鯉山田マサヒロなんて実在しません。でもいいんです空想だから。

鯉山田は高校を卒業して二年ぐらいカラオケボックスでバイトをした後中途採用で製パン会社に入社。5年勤めて肩書きは班長。鯉山田は食パンの袋をとめる例のあれの正式名称が「バッグクロージャー」であるのがなんだかカッコ良すぎる気がしてならない、そんな男。一度同僚にその話をしたところ「名前がカッコ良すぎるのは食パンの袋をとめる例のあれのせいじゃないだろ!食パンの袋をとめる例のあれが可哀想だ!」となぜか逆上されて落ち込んだ過去を持つ。
鯉山田は休憩時間にパートのおばさんが孫のためにペットボトルとハンガーをリサイクルしてかざぐるまを作っていたのに目を止め「イイッスネ」と軽い気持ちで言ったお世辞がもとで月イチの頻度でかざぐるまを受けとる羽目に陥ったりもする。心底いらないんだけどおばさんが「鯉マサはいつもパートのあたしらが働きやすいように気ィ遣ってくれて……ほんとに感謝しとるんよ」などと言うので断れない、そんな優しい男でもあるのだった。
鯉山田はアパートの斜め前にあるラーメン屋でキビキビ働く、しかしどこか寂しげな眼差しをした店員・鰊川きみ江に密かに想いを寄せているが生来の恥ずかしがりアンのため、なかなか距離を縮められない。
ある日銭湯に行った帰り、鯉山田は店の前で這いつくばって何かを探しているきみ江を見かける。
「すみません、コンタクトレンズを落としたの、いえ、いいのよ、すみません……。一日使い捨てのものだから無くなったって……でもね決して安いものじゃないから……だから……すみません」と言うきみ江を手伝ってコンタクトレンズを探しながら鯉山田は言う。
「きみちゃん、あんたァ、ずっとそうやって生きてきたんじゃねえのかい。何も悪いことしてねえのにすみませんすみませんてペコペコ頭下げてよォ……一生懸命生きてんだからよ……もっと胸張れよォ……それにあんた、自分で思ってるより、ずっと……ずっと……」
綺麗なんだぜ、と言えない鯉山田。肝心なことが言えない鯉山田。んもうッ!じれったいのよ! ここでバシッと決めないとアタシ怒るわよッ!って身悶えしたところで時計見たら6時24分でした。寝坊。完全に寝坊。でも起きてても寝坊っていうのかしらね。教えてよ鯉山田!