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パンツは被るためのものではありません。

私は子が生後八ヶ月から一歳2ヶ月の頃までベビースイミングに通ってました。我が子を華麗にバタフライする赤子に育て上げたかったわけでは勿論無くて、単に密室で子とふたりっきりなのが辛く、とにかく外に出て身体を動かしたかったからです。
じゃあなんでやめたのかというとそれは「一時間のレッスンのうち十五分ぐらい母親のテーマトークで削られるから」です。もう嫌で嫌でたまらかんかったのです。
テーマトークてなんやねんと皆さんお思いでしょう。私も訳がわからんかった。さっきまで「せんすいかーん」言いながら水に潜ったりしてたのにね、急にプールの隅に集められてコーチが「じゃあ右から順に『最近幸せを感じたこと』を発表してもらいましょう!」とか言い出すんです。なんですとーってなるやん。水泳帽をプールサイドの床に叩きつけて「ナンデストゥーッ!」って言いたかったけど子を抱いてたから言えないしね。
そしたらみんな「昨日はじめて子がママって呼んでくれた」とか「夫が電動自転車をプレゼントしてくれた」とか果ては「子の笑顔を見てるのがいちばん幸せ」とか次々素敵エピソードを繰り出してきまして、まあ焦ること焦ること。だってその時私の頭に浮かんでいた『幸せを感じたこと』は「町田康にサインをもらう夢を見た」のひとつっきりでしたからね。どうせ夢なんだからサインと言わず接吻のひとつもさせてもらったらいいのにどこまでもスケールが小さくて泣けるじゃないですか。
結局「八個入りのたこ焼きを買ったら九個入ってましたヤッター」みたいなどうしようもない話をしてお茶を濁しました。

でもその後更衣室で「寺地さんって面白いですね。あ、あんな感じでいいんだ! って気が楽になりました」ってよそのお母さんに言われたので、「あれもしやみんな内心ではクソめんどいとか思いながら素敵エピソード喋ってるのかしら」と感じました。
クソめんどいのにそれでもやっぱり人前では素敵エピソードを選ばざるを得ないのは「母たるものこうあって然るべき」という呪縛みたいなものがあるからに違いないと思いましたし、だから私はあえて今後も素敵でない母のエピソードを撒き散らしていこうとも思ってます。とりあえず最新のものとしては今朝起きてきた息子が私に「おはよう相棒」と言ってきたので「お母さんはあなたの相棒ではありません」と答えたら泣いてしまったというものがあります。その後腹いせのつもりか知らんけど私の仕事用の鞄に自分のパンツを何枚も詰めこんでいました。これを頭に被って保育園にお迎えに来いやということなのだろうと思います。おわりです。被りません。