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鍋vsやかん。

こどもの頃に盗み読みした雑誌の悩み相談のページに「恋人とうまく別れられない」みたいな質問があって、その回答が「別れたいならええかっこしいはダメ、相手に嫌われよ、目の前でうんこを漏らすぐらいのことはせよ」という衝撃的なものだったという記憶があるんですけど、どんな雑誌だったか全く覚えていないし、読んだ場所は病院の待合室だった気がするけど正確には思い出せないし、もしかしたらすべてわたしの見た夢なのかもしれませんが、だけどわたしの頭の中には常にこのことばがあるのです。

わたしは結婚を機に大阪に越して、もう恋人をつくる必要はなくなりましたが、友達はほしいなと思っていました。知らない土地で夫以外に話し相手もおらぬというのは心細くて、そしたらなんだかもう是が非でも友達をつくらねばならないぐらいに思いつめて、料理が好きでもないのにクッキングスクールに通いはじめたりしました。
そのスクールでわたしは二歳年上の親子田丼子さん(仮名)という人と知り合い、ホームパーティーに誘われまして、まあ素敵ってなもんでイソイソ行ったのです。
それでまあ、あの、端的に申し上げますとそこで丼子さんから十万円ぐらいする鍋を買えと言われたのでした。ホームパーティーじゃなくてあれは完全に寺地に鍋を買わせようの会だったよね、うん。
丼子さんはそのスクールではボス猿的な存在で、取り巻きみたいな人もたくさん来ていて、なので「鍋なんかいらねえよクソボケが」みたいなことを言える雰囲気じゃ全然なくて、ていうかまずそんなことをこの気弱なわたしが言えるはずもなかったのです。
かと言うて鍋は、その鍋だけは絶対買いたくない。だから断らねばと。穏便にこの場をおさめ、速やかにここから脱出せねばと知恵を絞った。ぎゅうぎゅう絞った。

そこで冒頭の悩み相談の衝撃の回答の話に戻るんですけど、ここは嫌われねばと、とにかく丼子さんをドン引きさせるしかないと思いまして、でもさすがにその場で即脱糞できるほどわたしも胆が据わってないわけで、つうか焦りやなんやで完全に便意喪失なわけで、だからもうどうにでもなれと「あんまり料理しないんで……普段髪の毛ばっかり食べてるんで……」て言うてみたんです。「一番おいしいのは小学生の前髪ですね。フフフ……」って。その時の丼子さん達の顔ったら!

てなわけで鍋は買わずに済んだんですけどクッキングスクールは結局やめました。
なんだろう、嫌だとか以前に恥ずかしくなって、友達欲しい欲しいっていう卑屈な気持ちが透けて見えたのだなって、すっかり情けなくなっちまいました。
恋人も友達も、さびしいからとかそんな理由でつくるもんとは違うんだって思った。そんな理由で意に沿わぬ交際をするのは、ひとりでいるよりずっとさびしい。
あと今になって、髪の毛食べるなんて気色の悪い嘘はやっぱりフェアじゃなかったなとも思う。知人からの宗教の勧誘に架空の宗教の勧誘をし返した先日のように、鍋を勧められたら全力でやかんを勧め返すべきだったよねって、反省もしてます。
野田琺瑯 ドリップケトルII レッド DK-200
このやかんはわたしが欲しいやかんなんですけどもね。むしろわたしがね。