読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

目を見たらわかるなんてそんなの思いこみさ。

夕暮れって意味なく泣きそうになるよねっつって、なんかもう行けない場所とか会えない人のこと思い出して泣きそうになるよねっつったら、あーわかるよって答える人と何それ意味わかんないよって答える人といますけれども、わたしはわかる人と「わかる!」を共有するのも、「わからん!」人のわからなさを聞くのも、どちらも楽しくて好きです。

わたしの「泣きそうになる」時代のピークは14歳で、どこまでも14歳であるがゆえに客観性が著しく欠けており、だから平気で人前でも感傷に浸ることができました。橋の上で川の流れを見つめて佇むようなことを恥ずかしげもなくよく行っておりました。
けれどもある日、そうやって佇んでいた時に知らないおじさんから首根っこを掴まれたことがありました。いきなり掴まれたために仰天してよろけて尻餅をついたら、伊東四朗に似た感じのおじさんがわたしを見下ろしており、それからいきなり四郎から「死んだらつまらん!」と怒鳴られたのでした。
四郎は「あんた! 死んだらつまらんばい!」とまた怒鳴り、違うと言うとるのに聞く耳持たずに「死にたい奴はわかるとよ。目見たらわかるとよ。死んだらつまらんよ」と繰り返し、そしてなぜか黒飴を二つわたしの手に握らせ、わたしが帰るまで監視していました。

以上のことからわたしは
一、人前で不用意に感傷に浸ると知らない人に首根っこを掴まれる。
二、「目を見たらわかる」などという感覚は甚だ信用ならぬものである。
三、黒飴はおいしい。
四、伊東四朗に似たおじさんって結構いる。
などの教訓を得たのです。四についてははじめてアルバイトしたビヤガーデンの支配人がやはり伊東四朗似だったので更に強く実感した次第です。
支配人についてはそのビヤガーデンの研修が辛すぎて脱走しかけたわたしの前に立ちはだかって「ネバァァギバップ!」と叫んで天高く拳を突き上げたという素敵なエピソードがあります。わたしがバイトを辞める時にはミルキーを一箱くれました。伊東四朗に似てる人は飴をあげたがる習性があるのかもしれません。伊東四朗さんご本人、つまり元祖伊東四朗はどうなんでしょうか。
ちなみにこのビヤガーデンは社員二人がどちらも性格が極悪で「鬼畜&鬼畜」ってサイモン&ガーファンクル風に呼ばれていたという思い出もあるんですけど、その話はまた別な機会に。オチは特にありません。