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望まざるサプライズ。

友人(女)の鮭子(仮名)が十年来の恋人と結婚することになりました。非常におめでたい、結構なことです。「結婚式にあんまり人数たくさん呼べないから、だから残念だけど今回はご縁がなかったってことではるなには招待状は送らない」ってLINEで言われました。「残念だけど今回は」ってそんな人事担当者みたいな言い回しを君がするとは思わなかったよ! 鮭子ったら!

ちなみにその十年来の恋人というのに何度か会ったことがあるんですけどこの人、仮に蟹太郎と呼びますけど、この蟹太郎は二時間ぐらいお酒を飲んで喋った後に「はるなさんはユニークな人ですよね。でもね、男は異性にユニークさなんて求めてません。女が幸福になるためにはユニークである必要は無いんですよ?」という素敵なアドバイスをくれた人です。言いたいことはなんとなくわかる。でも蟹太郎、あなたは女性の幸福は男性によってのみ与えられるという重大な勘違いをしている。自分を押し殺して、たとえばあなたのような男性に愛されたとして、それが幸福だと言えますか。全然違う。だってわたしは蟹より昆布が好きだ。みたいなことはもちろん本人には言いませんでした。

 

そんで鮭子としばらくの間婚姻届がどうたらいう会話をLINEで続けてたんですが、突然鮭子が「10年も付き合ってるとダラダラしてきて全然サプライズとかしてくれんのよねー。プロポーズとか普通やったし」みたいなことを言い出しまして、多分家に帰ったら部屋にたくさんの風船と『Will you marry me?』みたいな垂れ幕があって、でっかいケーキの上に指輪乗っちゃってて、みたいなことを期待してたんだと思うんですけど、わたしはサプライズとか完全にノーセンキュー派なので「ああ……それはそれは」みたいな返答しかできませんでした。

わたしがサプライズ否定派になったのはこどもを出産した産婦人科で望まざるサプライズを受けてからです。

そこは食事が豪華なことで有名な病院で、訪ねて来る人もいない入院生活でわたしはそれだけを楽しみにしていて、その日もお昼がパスタだったので嬉しくて、さあいざ食さんと意気揚々と個室のベッドの上にてフォークを掲げたその瞬間に、看護士がドアバッターンして入って来て「寺地さん! ちょっと来て!」って言うもんで、まさか我が子に何かあったのか、すわ一大事と慌てふためき、看護士に導かれるまま『談話室』と書かれたドアを開けたらば、ゆでたまごみたいな顔の医師がギターを抱えてちんまり座ってたんです。ちょっとギターを「ボロン」って鳴らしてた。

え? と思ったら他の看護士が数人わらわら出てきて、え? は? と思ってたら他の入院中の産婦たちもぞくぞく集まってきて、そんで医師が「出産おめでとうございます。サプライズとして、わたしたちから歌を贈ります」とか言っちゃって、看護士たちが聖歌隊ばりに歌いだしたわけ。医師のギター伴奏つきで。

なんか、あなたをお腹に宿した喜び、あなたがわたしを選んでくれたこと、生まれてきてくれてありがとう、みたいな内容に星とか宝物とか夢とかいうワードをふんだんに散りばめてあるようなキラキラした歌詞で、もうわたしの脳内ではナニコレー、ナニコレーの大合唱でしたよ。看護士たちの歌声に負けないぐらいのフルボリュームでね。さすが大阪、ギャグが大掛かりだわ、ねえ? って言おうとして横の産婦を見たら泣いてた。泣いてる。号泣といってもいい。感動したとか言ってる。わたしはあの時ほど自分の心の醜さを感じたことはなかった。でもね、なんでこのタイミングで己の心の醜さを感じないかんのですか? みたいなモヤモヤも同時にあった、うん。

歌が終わっても、まだ医師はギターを抱えたまま「今日は俺のライブに来てくれてありがとう」的なノリで「いかがでしたか」とか喋ってたけど今度はわたしの脳内でパスタガー、パスタガーの大合唱で、話の後半は全然聞こえませんでした。

案の定部屋に戻ったら冷めてて、もう麺がのびてのびて野比のび太になってるし、退院する間際に看護士から歌の感想聞かれて「いろんな思いが交錯しましたね」って答えたけど、それは真実でありながら何一つ本音を語ってないことばであり、ああアタイも当たり障りのないことばっかり言うズルイ大人になっちまったなって思いましたよね。とりあえず鮭子にはこの文章をこのまま祝電で送ったらマジサプライズって感激してくれるんじゃないかって思ってます。ナイスアイディア!