やすんでいた

いろいろあって、いろいろあったので、ブログを3ヶ月ぐらい休んでいた。削除してしまおうか、とも思ったけど、非公開? の設定にしておいた。けれども、またぼちぼち、はじめようと思う。今日以降はずるずるした日記みたいなことしか書かなくなるかもしれない。私自身はもうそれでいいというか、それがいい、と思っている。

ずっと、がんばっておもしろいことを書かねばならない、と思っていた。私のようなものは、誰かがくすっと笑ってくれるようなことを書こうと必死でがんばるぐらいしか生きてる意味がないんだ的なことを考えていた。でもそんなことを考えるのはもうやめようと思った。私は私がいちばん大事なので、もう私をその謎のがんばりから解放してやろう、と思った。

いろいろあって、他のひとのブログもあんまり見に行けなかったんだけれども、今日何年も読んでるブログを読みにいったら「以前から読んでるブログが限定公開になってた」ということが書いてあって、私のブログのことかな、もしそうだったら、なにかへんな誤解をさせたかもしれないので申し訳ないと思ったけれども、ちょっとうれしいような気もした。その人の記憶というか意識の中に、私が書いたものは存在していたのだな、というような色合いのうれしさだった。
でもやっぱり申し訳なさのほうがつよい。
それが私のブログの話ではなくて、単なる取り越し苦労という可能性もあるけれども。

いろいろあって、というのは便利な言葉だとあらためて思った。小説には「ヨシ子はいろいろあったので、両手にはめた下駄で琢郎を殴ったのであった」とか書くわけにはいかない。読者の人が怒るし琢郎も完全に殴られ損だし、とにかくよくない。そもそもヨシ子はなぜ下駄をはいてるのか。クロックスではだめなのか。そのあたりははっきり結論を出せぬまま、書きおえる。

今日のハチミツ、あしたの私とasta*の連載

おかげさんで息子が今年から小学生なもんで、入学式があるもんで、きれいな服を買いにいかんばならんということで買い物に行ったはずがなんかいつのまにか無印良品に入っていて食べる予定もない辛いか甘いかもようわからんような菓子を買って帰ってきてしまいました。服は?どうすんの?毎日着てる袖口がボロボロの、息子から背中に油性マジックで「つ」て書かれてるパーカーで入学式行くの?ハア?みたいな事態に直面しております。服ね!買うよ来週!買えばいいんだろ!
小学生です。はやいですね。ついこのあいだブログにトイレトレーニングがどうたらいう話を書いたような気がするのにね。

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パーカーの袖ボロボロマンこと寺地の四冊目の単行本が3月15日発売です。角川春樹事務所さんから出ます。ハチミツの話です。(説明ざっくり過ぎ問題)
このあいだ息子にうっかり「お母さんは本を100冊出すし、これから賞とかめっちゃとるよ」と言ってしまったのですが、これであと96冊になったし、もう夢の実現に手が届きかけてると言っても過言ではないなと思いました。そうだろみんな。みんな……待って……目をそらさないで……

私はパーカーの袖がボロボロなのに単行本の装丁に恵まれている女なので、今回もこんなにかわいらしい本をつくっていただきました。ね。かわいいでしょ。インスタ映えしそうですね!もちろん内容も最高におもしろいですよ……2017年の私は自画自賛していく方向に舵を切ったからな……よろしく頼むぜ……

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あと、ポプラ社のPR誌『asta*』で、短編の連載がはじまります。毎回読み切りです。私は以前もういっこブログをやってたのですが(今は更新する時間と心の余裕がないけど)、私の担当編集さんがそれを読んでくれて、そんでなんだかんだでこの短編の連載をすることになりました。
去年打ち合わせした時に、寺地さんが自由に書ける場所があったら良いと思います、と言われて、とても嬉しかったことを覚えてます。そんなふうに言ってもらえる私は、たぶんじゃなくて絶対とても幸せものなのだなと思ったのでした。たとえパーカーの袖がボロボロでもな!あばよ!!

本が出ました。

暮れの押し迫った時期に引っ越しをおこない、部屋の中をごちゃごちゃさせたまま故郷の母の家で数泊して帰ってきたのちまた部屋の中を片付けてとりあえずなんとか人間の住まいらしくなりました。新しい家(中古だけど)良過ぎるゥ~。居心地が良過ぎるゥ~。困るゥ~。みたいなことを毎日のように夫に報告しています。「よかったやん」て毎回答えてくれる夫ちょう優しい。わたしならたぶん5回目ぐらいで聞き飽きて「うるせえ!!!」と激怒して家中のスリッパを水浸しにします。そのあとベランダで丁寧に乾かす。

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本が出ました。『リアルプリンセス』のほうはアンソロジーです。わたしは「鍋かぶり」という、鉢かづき姫をモチーフにしたお話で参加してます。他の作家さんがすごい人たちだし収録されているお話もぜんぶ素晴らしく良いのでみんな買うといいよ。

『月のぶどう』は、去年わたしが必死こいて原稿用紙400枚ぶんぐらい書いた大阪のワイナリーのお話です。なんでそんなに必死こいたのかと言うといかんせんコレがコレだったもんでええ、コレ(ワインの知識)がコレ(皆無)ですよ。でも書かなければならない、と思ったんだわたしはこれを。書きたい、じゃなくてさ。
思ってしまったらなんとしてでも書くんだよわたしは。というようなことを去年カフェーで友人相手に話したことがあったんですけど、その時友人はわたしの話をぜんぜん聞いてなくて「ねえ『しげる』といえば、『泉谷』なのにさー、『城島』って答えるやつの気がしれんよ。わたしゃ気がしれんね!」とかひとりで楽しそうに喋っていました。わたしはこっちこそおぬしの気がしれぬ、と思いました。だって「しげる」だよ?松崎がいるじゃない!!!

小説すばるルル

かにクリーム! (寺地家で最近頻繁に使用されている挨拶)みんな元気?私は最近引っ越しの準備のために押入れなどを掃除してはそのたびへんなものを見つけてげっそりする日々です。昨日なんか台所の流しの下からアイスの棒(おおかたガリガリ君)(ソーダ味)が60本ぐらい出てきたんだよ。アイスの棒を集めてベランダにログハウスでも建てるつもりだったのかな。夢のセカンドハウスだよってね。バカかよ。

そんなことより聞いてくれよ。あたくしこと寺地が書いた『大人は泣かないと思っていた』という短編が、12月17日発売の小説すばる1月号に載っているんですよ!キャキャーイ!
あっしは小説すばるを以前、毎月は無理でしたがよく買って読んでいて、いつも「ハァ~こういう本にねェ載れたらねェ~よかよねェ~?」と思っていたので、つまり夢がひとつ叶った訳で、わしは嬉しいです。一人称が乱れるぐらい嬉しいのです。一人称の乱と呼んでください(島原の乱みたいな感じで)

小学二年生の頃、なんでランドセルは男子が黒、女子が赤と決まってるのか、私は黒のほうがカッコ良いと思う、というようなことを担任の先生に話した時に、なんで?はるなさんは男の子になりたいの?なんでそんなことを考えるの?先生にはわからない!なんでそんな当たり前のことを疑問に思うの?わからない!と言われました。今から30年以上前のことです。イオンで24色ランドセルが発売されたのは、それからずっとずっと後でした。

それから学年があがって、家庭科の授業がはじまり、裁縫箱を注文することになり申した。青・ピンク・白の三色から選ぶことになっていて、ふたの部分に描かれたイラストは青がレーシングカー、ピンクがワンピースを着た女の子、白が山と山のあいだを川が流れる風景でした。
男子は全員青、女子は全員ピンクを選んでいて、白を選んだのはクラスで私ひとり。他の子になんでピンクにしなかったのかとたずねられて、何度も「白のほうが絵が好きだから」と説明したけど「言ってることの意味がわからない。人と違うことをして目立ちたいのか」という返事でした。
ランドセルの時も、裁縫箱の時も、「わからない」と言う相手に、私は自分の思ってることをうまく説明できませんでした。男の子にはなりたくなかったし、目立ちたくもありませんでした。あの時なんて言ったら伝わったんだろうと思い続けながら大人になった気がします。

『大人は泣かないと思っていた』は、そのランドセルと裁縫箱のことを思い出しながら書きました。小学生の話ではなく、32歳男性の話だしどっちもお話には出てこないなのですが、書いてるあいだなんとなくずっと頭の片隅にありました。書けて良かったなと思ってます。よかったら読んでみてください。ルルル。

シュビドゥバと汗が出る

はてなブログをつかっているひとはわかると思うのですが、たまに「1年前はこんな記事を書いてました」みたいなメールが送られてきます。そのメールにのっているブログの記事の内容があまりにもバカなので「誰だよこんなの書いたやつえっ私かよモギャー」となります。モギャーとなるけれども「そうだこんなことがあったんだったなあ」と懐かしく思うのもまた事実で、やっぱり定期的に書いておこうかなと思った次第です。近況を。

 

 寺地さんはいつどのように小説書いてるんですかと質問された時にはいつも「子どもが寝てからです」と答えてたんですけど、ここ数か月は子どもと一緒に朝まで寝てることが多いので、なんか嘘ついてるみたいでやだねったらやだね(突然の氷川きよし)と思っていたのですが、最近ポメラを買いまして、いちばん新しい機種じゃなくて古くてちょっと安くなっているやつを買いまして、だから通勤中とか、ちょっとした合間に小説を書けるようになりました。今度からはスキマ時間に書いてますって答えればいいのですよね。スキマテラッチですってね。そうだろみんな。みんな!

使いにくい。不便だ。という意見も多く聞いたのでどうだろう、まあ使ってみらなわからんしと思って購入したのですが、私みたいな使いかたをする人には良いようです。小説を書き終えるスピードがはやくなりました。

あと手ぬぐいを買いました。三枚ぐらい。「にじゆら」という手ぬぐい屋さんでも買いましたし、ダイソーでも買いました。知ってます?ダイソー。 あそこね、100円にしてはちょっといいなと思ったらなんとびっくり300円だったりしますよね。300円ならいらないよ!プンだ!て思ったりしますよね。でも手ぬぐいは100円でした。よかった!!! これはたぶん夏のせいだと思うんですけど最近朝自転車で息子を保育園に送って行って自転車停めて駅まで歩く、これをこなしただけで相撲でもとってきたのかな? と思われそうなぐらい汗がダバダバ出るのです。シュビドゥバ出ると言ってもいいかもしれません。たまに街中でまったく汗をかいてない女の人とすれ違うんですけど彼女たちと私は汗腺の仕組みが違うんでしょうか。なぜ彼女たちの化粧は崩れていないのでしょうか。わからない!わからないよ!教えてよビオレさらさらパウダーシート!

汗拭いた後の手ぬぐいで手を拭くのは嫌だ、朝汗拭いたやつで夕方汗拭くのも嫌だ、とか思いはじめると鞄にタオルと手ぬぐいと合わせて6枚ぐらい入れていくことになります。ハンカチやミニタオルでない理由は、使える面積が大きいということと、いざという時にはほっかむりができるということです。ちなみにほっかむりは道端で会いたくない人とばったり会った時など、正体を隠したい時にすごく便利だヨ!サラバイ!(おわりかたが雑)

ガブッといけない問題。

私の前歯は一本折れている。折れた理由はここでは説明しない。とにかく折れている。差し歯で十数年以上の歳月を過ごしてきた。いつまでも終わらぬ地獄のような残業中も、恋人と過ごした甘く切ないひとときにも、賞に落ちて泣いたあの日にも、息子かられんげの花束を受け取った日にも、いつも私の口内には差し歯がいた。寺地with差し歯だった。

そんな夫よりも長いつきあいの差し歯を、新しくつくりかえることになった。いくら歯医者さんにそうすすめられたからと言ってそんな売れないバンドの人が有名になった途端に長年連れ添った糠糟の妻を捨てて若い女と結婚するみたいなことしていいのかなと思ったが「歯茎のかたちが変化しているので新しい歯が必要」らしいので了承した。仕方ない。人も街も変わっていくものだ。歯茎とて例外ではない。

というわけで新しい差し歯ができるまでのつなぎとして、現在私の前歯には仮歯が入っている。あくまで仮の歯であるから、くれぐれも前歯だけでかたいものをガブッといかないようにと言い含められている。
「かたいもの」はどれぐらいかたいとアウトなのか。私は先生にそう尋ねた。
ちなみに私はその先生のことをずっとヤナギブソンに似ていると思っていたのだが、よく見るとべつに似ていなかった。ふたりとも目が二重ですね、ぐらいにしか似ていなかった。
似ていないのだが私はこれまでずっと先生のことを心の中で歯科ギブソンあるいはギブせんせいと呼んでいたので以下歯科ギブソンと呼ぶ。

歯科ギブソンはすこし首を傾げるようにして「……んーおせんべいとか?」と語尾を上げた。おせんべいはやはり堅焼きなのか、それともおばあちゃんのぽたぽた焼き程度でもアウトなのかと確認したかったが、歯科ギブソンが忙しそうにしていたので黙っていた。

なにをガブッといくと仮歯はとれるのか。どこまでなら大丈夫なのか。ちなみにはじめて差し歯を入れる際に入れた仮歯は、ホットケーキをひとくち噛んだ瞬間にボロッとれた。だからたぶんおばあちゃんのぽたぽた焼きも絶対だめだ。

仮歯がとれるのが怖すぎて、私は現在ルマンドというお菓子でさえも前歯で噛めない。奥歯のほうに直接インしている。鏡で確認したら、奥歯にルマンドを直接インするときの私は野獣のような顔をしていた。(歯茎をむき出しにしていた)
なので人前でものを食べる時には小さく小さく切り分けている。直径三センチぐらいのおまんじゅうも六分割ぐらいして食べている。「野獣」というあだ名がつくのは避けたい。だからそうするしかないんだ。あと書いてて思ったけど私、菓子ばっかり食べてますね?

翻訳できない世界のことばという本

10代の頃私は自分のことを「それなりに本が好き」な人間だと思っていて、もし将来子どもを産んでその子が大きくなったら、大きな書店に一緒に絵本とか選びに行きたいぞよ~と思っていた。その頃の私は実際の子どもというものを遠くからしか見たことがなかった。

しかし実際に子との生活をスタートさせてみると、自分の息子はとても書店なんぞに連れて行ってはならぬ生物であることがわかった。赤子の頃はそれまでベビーカー内で静かに寝ていたくせに私が店内に一歩足を踏み入れるやいなや(アズスーンアズ)「……ッンギャアアアアアアア!!!」と泣き出すし、親より何よりスティックパンが好きだった一歳頃にはパンのレシピの本を指さして「バン!(当時はパ行の発音ができなかった)バン!ウォオオオオ!バン!バァァーン!」とよだれたらして大騒ぎするし、二歳の時と三歳の時は触ってはならないもの(商品)をむやみに触ろうとするし、表紙とか破れそうでヒヤヒヤするし、とても落ち着いて本を選ぶどころではなかった。

 

五歳の現在は、事前に言い聞かせれば静かにしているし、むやみに触ってはならないもの(商品)も丁寧にあつかうことができるようになったけれども、ちょっと目を離した隙にリルケの詩集を立ち読みしているお嬢さんの隣に立って尻をフリフリして遊んだりしているので実に油断ならない。

なので私はいつも仕事帰りにひとりで書店に立ち寄ることにしているが、はやく帰って飯の支度をしたり洗濯物を畳んだりせねばならぬ身ゆえ、ゆっくり見てまわることはできない。欲しい!どうしても欲しい本!としてリストアップした本をガスガスと何冊も棚から抜きとって、早足でレジに向かう。そんな按配なのだが、このあいだ「欲しい!」じゃなくてネットでその存在を知った時には「まあ買ってみてもいいかしら」と感じた程度だったけど目についたので購入した本が予想を超えて超えて虹のむこう(オーバーザレインボウ)に行ってしまうぐらい素晴らしかったので、今日はそのことを話そうと思う。十代の頃云々から尻をフリフリのくだりまでは前置きです。なげえ。

 

『翻訳できない世界のことば』という本、見開き一頁ごとにひとつ、いろんな世界のことばが美しい絵とともに紹介されている。他の国の言語に訳すときに一言では訳せないような、その言語固有の言葉たちなのだそうで、日本語だと「木漏れ日」「わびさび」なんかがそれにあたるのだそうだ。ないんだってよ、ほかの国には。

この本の良いところは、まず家事の合間にちょこちょこと読めるというところだと思う。絵がきれいなので、眺めているだけでも、ぱらぱらめくるだけでも楽しい。それから、読んだあと誰かと話をしたくなる。

あと個人的には、とても小説を書きたくなる、という良さがある。載っている外国の言葉をつかってみたいということではなくて、単純に、言葉を使うよろこびみたいなものを思いださせてくれる。小説とはなんぞやという問いの答えは読む/書く人の数だけあるのかもしれないけど、私にとっては「ひとことで言いあらわせないような、または名前のつけようのない感情あるいはものごと」を伝えるための手段だと思っている。